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会員からの通信

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飯尾潤著『日本の統治構造—官僚内閣制から議院内閣制へ』を読んで
山田勝(「NEWS LETTER」編集委員)

飯尾潤著『日本の統治構造—官僚内閣制から議院内閣制へ』を読んで

山田勝(「NEWS LETTER」編集委員)

(1)

本来、議院内閣制とは本来「議会内閣制」であり「議会政府」のことである。これは立法権と行政権を掌握する「強い権力」であり、権力分立の大統領制こそが本来は立法権と行政権が別々に聳え立つ「弱い権力システム」である。これが飯尾潤の理論的出発点である。「日本政府のあり方は戦後日本がはぐくんだ独特なものであり、それは一般的な議院内閣制から逸脱した形であった」「日本独特の内閣制を普遍的な議院内閣制に転換すること」が日本の政治制度改革の方向であると主張する。「官僚本位制から議会本位制への転換」(堺屋太一)を主張する人もいるが、どちらにせよ、現状の日本の政治権力の実相を「官僚内閣制」として把握し、この官僚内閣制の破綻が国政上の現在的矛盾として噴出している認識は共通している。

(2)

この日本国家の構造的矛盾に関する認識は必ずしも一般的に共有されているわけではない。例えば、篠原一はこのねじれ国会を積極的に擁護する主張を行っている。(篠原一:『世界』1月号)

「近年議会制デモクラシーは一般的に正統性を欠く事が多くなり、それを克服するために政治システムと市民社会の双方で『討議』の実質を回復しようとする討議デモクラシーが唱えられるようになった」

「現代デモクラシーにおいては、人々の間の価値や利害の対立が厳しくなったにもかかわらず、逆に『討議の赤字』が顕在化しているのであり、そこに市民たちの政治不信や政治的無関心が生まれる」

「安倍政権下の『討議の赤字』は著しかった」

「しかし、なお、主権者は健在であった」

「与野党が徹底的に討議を重ねなければ政策が実行できない状況が生まれた。問題の調整と解決は必ずしも容易ではないが、少なくとも合意獲得のためには努力する事以外に方法はない」

この篠原見解に私は異論がある。

なぜ、「討議の赤字」が発生するのか? 「討議の赤字」が発生し続けてきた戦後の日本政治は、ある意味で「討議の赤字」があっても保守政治として展開されてきたのであり、この歴史の中で機能している実際の政治権力のあり方を抉り出し、変革のテーマとして設定しないと「討議の赤字」は解消できないのではないか?

篠原の主張は政治的リアリティーを欠く。

私は問題点を抉り出すキー概念として〈官僚内閣制〉を設定すべきではないかと思う。この見えない権力を抉り出さない限り日本の民主主義の改革・再生は困難ではないかと思う。

(3)

飯尾潤の打開の方向ははっきりしている。閣議が事務次官会議の従属的役割しか果たしていない現状は、「省庁連邦国家」に帰結している。内閣が空洞化し、権力の所在が不明確、責任が不明確、この結果、時代変化への「国家の決断」が出来ない。この時代の要請に応える「強い国家」を生み出すために、権力を集中し、官僚システムを変革し、本来の議院内閣制へ転換すべきである。憲法上二院制がこの妨げになる可能性が示されている以上、必要ならば二院制自体をも改革すべきであるとして、一院制或いは参議院の自己抑制を図るべきだと主張する。こうして飯尾潤の主張は一貫する。

では飯尾潤の主張で何が問題かというと、〈主権者が不在〉だという点だ。本来現憲法下では政治社会の中心に主権者国民(=市民)が存在しなければならず、三権分立にせよ、議院内閣制にせよ主権者である国民=市民の政治意思が政治権力の動向を決定する上で最も重視されるべきであるが、この著作を通じて、どこにも、主権者国民の意思や国民主権の問題が取り上げられていない。飯尾潤の政治思想上の誤りはこの点にある。

この上で、飯尾潤が「内閣制」という近代国民国家の権力構造の核心点に着目し、日本の内閣制がどのようにして形成され発展してきたのか、このことによって、権力のあり方や政治システム、政党や政治社会のあり方がどのようになったのか、この点を追求し、官僚内閣制として実態的に成熟した日本独特の議院内閣制を抉り出している。飯尾潤が保守的思想家であったとしても、私はこの点をはっきり評価すべきだと思う。

(4)

興味深い点を紹介する。日本国憲法によって民主化され体制転換が図られたにもかかわらず、内閣制は戦前から連続して認識されている。政党・政治家が内閣の主体と考えず、省庁の代表者が集まって内閣を構成するという認識が、戦後日本の独特な議院内閣制を生み出した。

〈国務大臣の二重性〉:大臣には、内閣を構成する主体としての国務大臣と分担した役所の長としての**大臣の二重の性格がある。実際には組織の長としての意識が肥大化し、この結果内閣の一員としての大臣よりも省庁官僚制の代理人としての役割が大臣であるとして一般的にも定着した。総理大臣は『同輩中の首席』のような総理大臣像が復活しており、事実上各省庁への指揮監督権を有しないとされ、総理大臣が閣議に議案を提出することは稀であった。この慣例を変えるために橋本行革のときに「内閣総理大臣は内閣の重要政策に関する基本的な方針その他の案件を発議することが出来る」とわざわざ書き込んだほどであった。

〈空洞化する閣議〉:戦後日本の内閣制の運用は各省庁の代表者からなる大臣が集まる場所として内閣を想定している。このため閣議までに根回しを終了し、全会一致の形が出来る体制にしなければ閣議に案件として提出できない。事務次官会議が閣議の前段で開かれ、ここでの合意がないと案件が閣議に提出されなかった。事務次官会議が廃止されても、こうしたシステム全体の変革がないと、官僚主導の実態が変わることはない。

〈政権交代なき政党政治〉がもたらしたもの:自民党政権が続くことが当然視されると、政権の目的が不明確になる。政権はそこに「ある」ものであり、何かを「する」ためのものではなくなる。国政選挙での選挙公約の曖昧さはここに起因している。自民党議員の多数は選挙公約にほとんど関心がない。公約実現のために汗をかくとは、自民党の部会で活動することがその中心であった。こうして議員活動は個人化され、政権全体の目標が消えていく。

さらに、五五年体制下では選挙によって政権が交代するという意味での政権交代は起こっていない。政権の座をめぐる争いは自民党内の派閥抗争に限定され、有権者は傍観者として眺めるだけであった。主権者は政権党を選択することは認識していたが、首相を選ぶことに直接つながるという意識は希薄であった。議院内閣制では首相選任は有権者には関与できないとの理解が一般化し定着した。有権者は衆議院議員を選ぶことは出来ても、首相或いは政権政党を選択することは出来なかった。

(5)

著者の飯尾潤は佐々木毅(元東大総長)に連なる人脈の保守系若手学者であり、「強い国家」をめざす新保守主義的政治に思想的基礎を与える役割を果たす。主権者が政権党を選択し或いは首相を事実上選択する政治システムを構想すべきであり、必要ならば弱い権力を優先させることが、民主主義再生の方向である。

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